慕 情 2 (2006.11.3)
「かごめ?・・・何泣いてんだよ?」
犬夜叉は、掴んだ腕を引き、かごめの体を抱きしめた。
だが、かごめの目は走り去っていった女の後を見つめたまま、
黙って立ちすくんでいた。
「おい・・・、かごめ?どうした?・・・怖かったのか?」
犬夜叉は、かごめの頬に手を添え、自分のほうへと向けた。
かごめは、犬夜叉を見るなり、一筋流れただけだった涙が
再び堰を切ったように溢れ出てきた。
「おい!かごめ!」
慌てて、かごめの頭を抱えるようにもう一度強く抱きしめる。
その腕に力が入るも、その中はあまりにも暖かく、優しい。
「悪かった。・・・目を離した俺が悪かった・・・。だから、そんなに泣くなよ・・・。」
人ごみが嫌だとか、面倒だとかいって、
つい、かごめ自身に危険を及ぼさせてしまったのは、
自分に非があると、ひたすらにかごめを抱きしめ、
詫び続ける犬夜叉だった。
「俺が悪かった・・・。だから、・・・もう泣くな・・・。」
「違うの・・・。」
かごめは、顔を手で覆い、溢れ出る涙を止めることもできず俯いていた。
「おい!あいつか?」
大通りのほうから、何人かの男の声が聞こえてきた。
「あいつらだよ!・・・妖怪だ!」
「槍かなんか持って来い!」
その言葉は、犬夜叉の腕の中に包まれていたかごめの耳にも入ってきた。
(何?・・・犬夜叉のこと?!)
かごめは、包まれた腕から、顔を出し、声のするほうへと目を向けた。
「妖怪が出たぞ!人を襲うぞ!」
その声は、さっきかごめを襲った男の声だったかどうか・・・。
だが、男たちは声を荒げ、罵声を飛ばし始めていた。
「やっちめぇ!」
「人を襲う前に殺せ!」
にじり寄る男たち。
それは何人いたかどうか、数える暇などはなかった。
「やめて!・・・何にも悪いことなんてしてないじゃない!」
かごめは、村の連中の言葉に耳を疑いつつも、
犬夜叉を退治しようとする男たちに声を上げた。
「あの女も一緒だ!妖怪とつるんでやがる!」
かごめは、身を乗り出し、にじり寄る男たちの前へと飛び出そうとした。
「おい!かごめ・・・!」
「だって、犬夜叉・・・!」
かごめは、犬夜叉の手を振り解き、連中のところへ行こうとした。
いきり立った連中を前に言葉が通じるはない。
火に油を注ぎかねないかごめの行動を抑制するかのように
犬夜叉は、掴んだ腕に力を込め、かごめの体を引き寄せた。
(面倒なことになっちまう!)
犬夜叉は、かごめの体を抱えると、
大きな跳躍をし、その場から逃げ去るように飛び上がった。
「妖怪が逃げたぞー!」
「人を浚っていったぞー!」
妖怪退治だといって集まった人だかりは、
大通りから外れた場所だったのが、
飛び上がった犬夜叉の目に入った。
(これだから、人間は嫌いなんだ・・・!)
村から抜け出した後、二人は宿には戻らず、
人の気配のない寂れた山小屋へと身を潜めていた。
火の気もなく、寒々とした小屋の中、
犬夜叉とかごめは二人きり、じっと身を寄せ合っていた。
胡坐をかいた膝の腕で小さく蹲るかごめの体は
肩を震わせていた。
「寒くねぇか?」
「・・・うん。」
衣の袖を一杯に広げ、かごめをその中へと包み込む。
「そんなに泣くなよ・・・。」
「だって・・・。」
腕まで、かごめのしゃくりあがる肩の動きが響く。
「心配してたんだよ。」
「・・・・。」
「おめぇのこと、妙な色目で見てる連中のこと・・・。」
「・・・・え?」
思わぬ言葉にかごめはようやく袖から顔を出し、
金の瞳を見つめた。
「何よ?それ・・・。」
まだ瞳には涙の後が残り、目が真っ赤なままだった。
「だから、そんな浴衣なんて着てよ・・・。他の男が見てんのが嫌だったんだよ・・・!」
「・・・・・。」
―――そんなこと、考えもしなかった・・・
それよりも、犬夜叉を知りもしないで退治しようと
集まってきた連中の言葉が今もなおかごめの耳に残っている。
かごめは、再び項垂れ、包まれた緋の衣の中へと頭を埋めた。
「何にも悪いことしてないのに・・・。」
「ああ?・・・そんなこと、まだ気にしてたのか?」
「そんなこと?」
かごめは、犬夜叉の言葉にもう一度顔を上げ、見つめた。
「そんなことって・・・。だって、何にも悪いことしてないのよ!」
「しょーがねーよ。あーいった連中はいつもそうだ。」
「いつもって・・・、犬夜叉・・・。」
「なんだよ?」
「いつもって・・・、ずっと、・・・ずっと、そうやって生きてきたの・・・?」
「・・・・・ああ。」
かごめは、犬夜叉のその言葉に再び涙が溢れてきた。
それは、さっきの怒りよりも怖かったときよりも
何よりも何よりも沢山溢れ出し、止める事もできなかった。
「おい!また泣いてんのかよ!もう泣くなよ!」
「だって・・・!そんなの・・・、辛すぎるじゃない!」
かごめは犬夜叉の首にしがみ付くように腕を回すと
ありったけの力を込めて、ぎゅっと抱きしめた。
(かごめ・・・?)
頬を伝う涙が毀れ、犬夜叉の顔に雫となって落ちてくる。
わずかに暖かい涙。
「・・・かごめ。」
その涙と精一杯に抱きしめる力に応えるように、犬夜叉もまた力を込め、
華奢な体に手を回し、抱きしめる。
「・・・泣くなよ。あんなこと、俺は気にしてねぇし・・・。」
「だって・・・!」
犬夜叉は、かごめの体をそっと引き離し、
涙で溢れた瞳を見つめ、頬に手を当て、濡れた顔をそっと拭った。
「確かに今までそうやって生きてきたし、これからもそりゃ、
きっとどこかで同じようなことがあるだろうよ。」
「・・・・・。」
「だけどよ、おめぇがそうやって俺のために泣いてくれるし・・・。
傍にいてくれるから・・・。」
「それだけじゃない・・・。」
「それで充分だ。・・・だから、もう泣くなよ・・・。」
「・・・・・。」
「俺の傍で笑っていてくれれば、それでいい・・・。」
「犬夜叉・・・。」
「そんなんで、半妖なんてやってられっかよ・・・。」
「うん・・・。」
「それよりも、おめぇのこと、じろじろ見ていた奴のほうが気にいらねぇし・・・。」
「それこそ、たいしたことじゃないわよ・・・。」
ようやく涙が止まったのか、かごめはふっと笑みを溢した。
だが、犬夜叉の表情はさっきよりもむしろ真剣だった。
「冗談じゃねぇ!ぜってー、ゆるせねぇ!」
「そんな、怒んなくても・・・。」
「大体、おめぇは警戒心ってものがなさ過ぎる!」
犬夜叉は、かごめの体を更に引き寄せると、
そのまま、唇を重ね合わせた。
突然の行動にかごめは一瞬体を強張らせてみたものの、
優しく包み込む腕に溶かされるかのように、
そのまま、自分の体を預け、瞳を伏せた。
「法師様、なんだろう?あの連中・・・。」
珊瑚は、通りの先に集まっている人だかりに目をやった。
「ああ、ただ事ではなさそうだ・・・。」
弥勒もその様子に目を凝らした。
すると、そのうちの一人が弥勒を指差すと
「法師様がいるぞー」と叫び、手前までかけてきた。
「どうしました?何事です?」
「妖怪だ!妖怪が出たんだ!」
「妖怪・・・ですか?」
いきり立った男は、話を続けた。
「白い髪の男が娘を掻っ攫っていったんだ!」
「そうよ!俺も見たぜ!」
「・・・・・。」
珊瑚は、その話を聞き、そっと弥勒に耳打ちした。
(妖怪が出たっていうけどさ・・・)
(ああ、妖気らしいものなどなかったぞ)
(もしかして、犬夜叉とかごめちゃんのこと・・・かな?)
(ああ、私も同感だ)
だが、男達は口々に「妖怪が出た」と騒ぎ立て、喚き散らしていた。
辺りには、男たちの口から漂う酒の匂い。
相当飲んでいるのか、喚き散らし方も尋常ではない。
「法師様よ!妖怪を退治してくれよ!」
「そうだ!俺たちを襲おうとしたんだ!」
弥勒は、ははぁ・・・と思いついた。
恐らく、この連中はかごめ様にちょっかいを出し、
人間相手に手を出すようなことをしない犬夜叉が
その場所からかごめ様を連れ、去っていった・・・ということだろう、と。
「まぁまぁ、そう興奮しないで・・・。」
「妖怪退治をしてくれるのか?」
「私で良ければ賜りますが、しかし・・・。」
「しかし?」
「私の法力は朝にならないと使えません。」
「はぁぁぁ?」
男達は、怪しげな表情で弥勒を見つめた。
「だが、しかし。」
「・・・・・。」
「見つけたら、退治いたしましょう。」
「やってくれるのか?」
「はい。ですから、今日はそのくらいにしてお開きとしたらいかがです?」
「・・・・・。」
「せっかくの祭りに、そんなことで盛り上がった
雰囲気を台無しにすることもないでしょう。」
弥勒は、興奮した男たちを適当に宥めると、
集まった人だかりを散らすよう、
間の抜けた説法を説き、さも何事もなかったように
澄ました顔で珊瑚のところへと戻ってきた。
「いいの?あんなこと言っちゃって・・・。」
「大丈夫でしょう。何があったかは大よそ想像つきますし・・・。」
「ま、犬夜叉もそんなに馬鹿なことはしないとは思うけど・・・。」
かごめちゃんも一緒だし、大丈夫だろうと踏み、
二人は宿へと戻っていった。
結局、犬夜叉とかごめが宿に戻ってきたのは
夜明けを迎える前、空が白み始めた頃だった。
寝静まった部屋にそっと入ってきた気配を弥勒が見逃すはずはなかったが、
あえて黙ったまま目を閉じ、寝たふりをしていた。
珊瑚もまた同じように寝た振りをし、
かごめが無事に帰ってきたことだけに安堵する。
長い旅路の中で、ささやかな二人の時間に無粋な質問などできなかった。
そのまま朝を向かえ、出立のときも
いつ帰ってきたのか、何をしていたのかなど
一切聞くこともなかった。
犬夜叉もかごめも夕べのことを胸に、
明るく朝を迎えた。
それだけでいい・・・。
二人の顔は、昨日よりもずっと清清しい表情だったことが
弥勒と珊瑚にとっては何よりだったのだから・・・。
いよいよ、宿を後にしようと弥勒が錫杖に手をかけたとき、
宿の主人が思い出したように声をかけてきた。
「そういや、夕べ妖怪が出たって話でしたねぇ。」
「ほう・・・。妖怪ですか。」
とぼけた様子で弥勒が耳を傾ける。
「へぇ、なんでも白い髪をした妖怪が出たってんで、うちにも聞きに来た男が来まして・・・。」
例の連中の仲間辺りか・・・と弥勒は思った。
「お連れ様も白い髪をしていたのを誰かが見ていたんでしょうね・・・。」
主人がちらりと犬夜叉のほうを見やる。
犬夜叉は、その視線に気づきながらも黙って話を聞くだけだった。
かごめは、どきっとしたような表情で主人の話を聞き入った。
「まさか、法師様と巫女様たちのお連れの方がそんな悪いことするなんて思えねぇし・・・。」
「・・・・・!」
一行は、目を見開き、主人の言葉に驚きを隠せなかった。
法師はわかる。
墨衣を纏っているのだから、ひとめで法師だとはわかる。
だが、巫女・・・とは?
かごめも首を傾げた。
主人は、なおも言葉を続けた。
「先日、あちらの山であなたにそっくりな巫女様がいたのを見たんですよ。」
一瞬、ちらりとかごめを見つめた主人が指差した方角。
山の中腹。
それは、夕べ、犬夜叉とかごめが一夜を過ごした山小屋のある方向。
そして、かごめに似た巫女・・・。
「桔梗がここにいたのか・・・?」
犬夜叉は、初めて宿の主人に話しかけた。
「お名前は存じませんが、昨日皆様に会った川の上流ですよ。」
「桔梗がこの近くに・・・。いつのことだ?それは・・・?」
更に食下がり、主人に詰め寄る。
「え・・・と、いつだったか・・・、2〜3日くらい前のことでしたよ。」
つい最近までここに桔梗がいたとは・・・!
犬夜叉は、桔梗がいたという山へと目を向けた。
「ご姉妹か何かですかい?あまりにも似ていたので・・・。」
かごめは何も応えなかった。
「それで、思わず声をかけちまったんでさ。」
主人はそれだけ言うと一行に深々と頭を下げ、見送った。
村を後にし、暫く歩く道のりの中、
言葉を発するものは誰もいなかった。
七宝も遊び疲れた様子でかごめのリュックの上で
すーすーと寝息を立てている。
かごめの後方から、犬夜叉が一人、
時折、足を止めながら、山を見つめているのに気がついた。
「犬夜叉!早く来い!置いてくぞ!」
見かねた弥勒が声をかける。
応と応える犬夜叉の目線は、未だ山の中腹を見つめるばかりだった。
その姿にかごめもまた、顔を曇らせていた。
夕べの言葉に嘘はない。
それはわかっている。
だが、犬夜叉の心の中にある想い・・・。
それは、もう一人の自分・・・。
同じ魂を持つ女、――――桔梗の影。
『俺の傍で笑っていてくれれば、それでいい・・・。』
何度も夕べの言葉がかごめの中で響いては消えていく。
いつか、どちらかを選ぶ日が来るのだろうか。
そのとき、犬夜叉は、自分と桔梗と・・・
犬夜叉の心の中で揺れる想いが確かにあることを認めざるを得ない。
そこまで考えたとき、かごめは空を見上げた。
(今の犬夜叉の言葉を信じよう・・・)
自分の笑顔を見つめていたい・・・と思ってくれるように、
自分もまた、犬夜叉には笑顔でいて欲しいと願っている。
それが伝わってくれるなら、それだけでもいいから・・・
「犬夜叉ー!置いてくわよー!」
笑顔で振り返り、犬夜叉のほうへと声をかける。
一瞬、その顔に思わず目を逸らしてしまったが、
再び顔を戻すと、犬夜叉もまた、「おう!」と応え、
皆の元へと足早に駆け寄った。
(いつまでも笑顔でいて欲しい・・・!)
犬夜叉もかごめもお互いがお互いに同じように想いを
抱え、いつものように仲間の元へと合流する。
そして、いつものように旅が始まる。
End